こんにちは。しばたくです。
この記事を最初に書いたのは、2023年7月。
日本と中国の往来が、ようやく元に戻り始めた頃でした。
それから3年。
2026年8月の今、この記事を読み返すと、
北京から日本へ一時帰国するだけで、
これほど大変だった時代があったことに自分でも驚きます。
特に大変だったのが、2022年の一時帰国でした。
北京から直接日本へ飛ぶこともできず、
日本と中国の両方でPCR検査を受け、
日本では10日間、中国では21日間の隔離生活。
日本で過ごした約2週間のために、
その前後約4週間を隔離に費やしました。
当時撮影した写真も残っています。
今となっては、コロナ禍の中国で暮らしていた自分自身の
記録でもあります。
以下は、日中の往来が戻り始めた2023年7月に
書いた文章を、当時の空気を残すため、
基本的にそのまま掲載します。
2023年7月、日中の往来が戻り始めた頃
2023年7月現在、日本でも中国でもコロナも落ち着き、
人の往来も、かなり活発になってきました。
会社の方では日本から出張者が来るようになり、
中国から日本への出張も始まっています。
先月末に一時帰国した際の機内では、多くの中国人旅行者を目にしました。
アフターコロナ隔離措置の完全撤廃
現在では、日本と中国の往来に
隔離などの措置は、完全に撤廃されています。
日本から中国に渡航する際には、抗原検査の結果を
申告する必要がありますが、
あくまで自己申告で証明書などの提出は必要ありません。
しかし、
去年2年ぶりに一時帰国した際は、まだ大変な状況でした。
厳しい隔離政策と往来規制
首都北京から海外への直行便停止
1月下旬に帰国した際は、
まだ北京から海外への直行便は止まっていました。
そのため、日本への帰国便は山東省の青島から成田への
ANA便を予約。
また、日本へ入国するためには、
中国の指定病院でPCR検査を受け、
厚生労働省指定フォーマットの陰性証明書を
準備する必要がありました。
陰性証明書を準備し、フライト当日、
まず新幹線で北京から青島まで移動して飛行機で成田へ。
日本での隔離措置
成田空港到着後、長蛇の列に並んで、入国手続きを終えて、PCR検査を実施。

(2022年1月撮影)
陰性を確認したうえで、ようやく荷物を受け取ります。

(2022年1月撮影)
しかし、その後、
自由になることはなく、会社施設で10日間の自主隔離
となりました。
隔離を経てようやく自由行動となりましたが、
約2週間の日本滞在後、
2月下旬に中国に戻る際も大変でした。
中国渡航の為のPCR検査
まず渡航7日前に指定医療機関で、1回目のPCR検査実施。
加えて、48時間前に2回目のPCR検査を実施。
私は、その際 実家の佐賀県に帰省していたのですが、
佐賀には指定医療機関がなく、
PCR検査のために福岡まで2往復しました。
PCR陰性証明書が準備できたら、必要書類と一緒に、
指定サイトでアップロード。
中国大使館の確認後、中国入国を許可するQRコードが
発行され、ようやく中国渡航可能となりました。
中国入国後の厳しい隔離措置
最後に、最もつらかったのは、中国での
隔離生活でした。
中国入国の際は、成田から青島へ飛んで、
青島空港から直接 青島市内の隔離ホテルに移動。

(2022年2月撮影)

21日間の集中隔離が始まりました。

ホテルの部屋から一歩も出ることは許されず、
食事も3食 ホテル側から提供されるお弁当です。

海沿いのホテルで窓から海が見えるのが救いでしたが、
非常に辛い思いをしました。


隔離中にも青島市内でコロナ拡大し、
青島から北京への新幹線がストップ。
大連経由の飛行機で北京に行こうかとチケットを
予約しましたが、
大連でもコロナ拡大しフライトがストップ。
かなり遠回りになりますが、上海経由の便に変更して、
何とか北京に戻ることができました。
私は日本での2週間の自由な時間のために、その前後4週間を隔離に費やすことになりました。
2023年当時、まだ残っていた規制措置
日本人に対するビザ免除措置の停止
2022年末より中国におけるコロナ規制は大幅に緩和され、
入国に際しての隔離措置などは、完全に撤廃されました。
ただし、日本人に対するビザ免除措置(15日間)は
停止されたままです。
一日も早く、全てが元通りになることを願っています。
2026年、今振り返って
2026年の現在、あれほど大変だった日中の往来も、
遠い出来事になりつつあります。
でも、青島のホテルから海を眺めながら
21日間を過ごしたことも、
PCR検査のためだけに佐賀から福岡へ2往復したことも、
私にとっては確かにあった時間です。

