こんにちは、しばたく@北京です。
外灘は、上海観光でぜひ訪れたいスポットです。黄浦江沿いに広がるこのエリアは、歴史と文化が詰まった場所で、上海の発展を象徴しています。その理由は、外灘が19世紀から20世紀にかけて多くの西洋建築が集まり、当時の国際的な金融の中心地として栄えたからです。実際に、外灘に並ぶ52棟の歴史的建物は、上海の近代化を物語る重要な遺産であり、美しい景観を楽しめる観光地として多くの人に親しまれています。
この記事では、その上海の外灘について、詳しくご説明します。
外灘の概要とその観光地としての魅力
外灘(The Bund)は、上海市黄浦区の黄浦江沿いに位置する全長1.5キロメートルにわたる歴史文化街区です。この地域は、1844年に英国租界として指定されたことをきっかけに発展し、上海の歴史と密接に関わってきました。外灘は当初、商業や金融の中心地として繁栄し、多くの外国銀行や商社が集まりました。租界時代には、外灘が上海の金融の中心地となり、国内外からの経済活動が集積し、近代上海の発展の起点ともなった場所です。
現在では、外灘には52棟の建物が立ち並んでいます。これらの建築物は主に19世紀から20世紀初頭にかけて建設され、英国古典様式やバロック様式、ゴシック様式などの西洋建築の特徴を持つ建物が数多く見られます。外灘はその多様な建築様式の集合体としても知られ、「外灘万国建築博覧会」と称されることもあります。これらの建築群は、中国の近現代史においても重要な遺産であり、現在でも観光客が訪れる場所として大切に保存されています。
観光地としての外灘は、上海を象徴する場所となっており、訪れる人々にとって歴史と現代が交錯する特別な場所です。特に、夕方から夜にかけては、建物がライトアップされ、その景観が一層引き立ちます。黄浦江に沿った遊歩道からは、対岸の陸家嘴の高層ビル群も一望でき、日中の風景とは異なる夜の美しい景色を楽しむことができます。ライトアップされた外灘の建物群と黄浦江の夜景は、観光客に人気があり、多くの人がこの時間帯に訪れます。
外灘は、ただの観光名所ではなく、上海の発展とその歴史を象徴する場所です。中国の近代化や国際的な商業都市としての発展における重要な拠点としての役割を果たしてきました。そのため、外灘は上海を訪れる観光客にとっては必見のスポットであり、歴史的な価値を感じられる場所です。
主要観光スポットとアクセス
外灘には、多くの観光スポットが集まっており、その歴史的背景や構造からも興味深い場所です。最も代表的なスポットの一つである黄浦公園は、1868年に開園した上海最古の欧式庭園です。長い歴史を持ち、外灘の歴史を見守り続けてきたこの公園には、人民英雄記念塔も設置されています。この記念塔は、1840年からの様々な犠牲者を追悼するために建てられたもので、歴史的な意味を持っています。黄浦公園は、歴史に触れながらリラックスできる空間としても親しまれています。
外白渡橋は、もう一つの重要な観光スポットです。全鋼鉄製の構造を持つこの橋は、1907年に建設され、上海を象徴する存在となっています。黄浦江と蘇州河の交差点に位置するこの橋は、外灘の北端にあり、重要な交通の要所でもあります。外白渡橋は、上海の都市発展における重要な役割を果たし、歴史的にも価値が高い建造物です。
さらに、南京東路と外灘が交差する場所には、陳毅広場があります。ここには、新中国初代の上海市長である陳毅の銅像が立っており、広場自体も多くの市民や観光客が訪れるスポットとなっています。広場には噴水や彫像が設置されており、都市の中心地に位置するため、訪れる人々にとってもアクセスが良好です。
外灘のこれらの観光地へは、地下鉄やバス、フェリーを使ってアクセスすることができます。地下鉄2号線が便利な交通手段であり、外灘周辺の主要な観光地に直通しています。また、外灘観光隧道という観光客向けの専用トンネルもあり、これを利用することで、黄浦江を挟んで反対側の浦東エリアにも簡単にアクセスすることが可能です。隧道は、観光客が快適に移動できるよう設計されており、便利な交通手段の一つとして利用されています。
これらの観光名所は、外灘の歴史や文化に触れることができる重要な場所であり、交通アクセスも良好なため、観光客が気軽に訪れることができるスポットです。
外灘の歴史的建築物とその様式
外灘には、合計33棟の歴史的建築物が立ち並び、それぞれ異なる建築様式を持つ点が特徴的です。これらの建物は、19世紀から20世紀にかけて建設され、主に西洋の影響を強く受けた建築スタイルが見られます。中でも代表的なスタイルとしては、英国古典様式、バロック様式、ゴシック様式などが挙げられます。それぞれの建築物は、上海の歴史的発展と密接に関連しながらも、独自の建築文化を形成してきました。
外灘1号に位置するアジアビルは、1913年に建設されたもので、当時、英国のアジア石油会社が使用していたビルです。この建物は「外灘第一高楼」として知られ、下部と上部がバロック様式、中部がモダニズム建築の要素を持つ、非常に特徴的な構造をしています。アジアビルは、上海の高層建築の中でも最も古いものの一つであり、その設計は上海の歴史的な建築物の代表例です。
また、外灘13号に位置する税関ビルは、1927年に建設された建物であり、英国議会のビッグベンを模した大時計を持つことで知られています。この大時計は、アジア最大の時計であり、外灘のシンボル的存在です。この建物は外壁が花崗岩で覆われ、塔の上部には尖塔があり、ゴシック様式の要素が強く表れています。税関ビルは、外灘のランドマーク的な建物であり、現在も重要な税関業務に使用されています。
外灘10-12号の浦東発展銀行ビルも、外灘の重要な建築物の一つです。このビルは、1923年に建設され、三つの青銅製の大門と、その両側に設置された銅製のライオン像が特徴です。内部のホールには、8つのカラーのモザイクが施されており、20世紀初頭の世界の主要都市の建築風景が描かれています。このように、建物全体が当時の技術やデザインの最先端を取り入れたものとして注目されています。
外灘にあるこれらの建物は、それぞれの歴史的背景とともに、建築様式が異なることが特徴です。アジアビルや税関ビル、浦東発展銀行ビルは、その時代の上海の経済や商業活動の中心として機能し、現在でも多くが実際に使用されています。こうした建物は、上海が国際的な金融都市として発展した時代を象徴しており、外灘の歴史と文化を語る上で重要な役割を果たしています。
外灘の歴史的沿革とその発展
外灘の歴史は、1844年に英国租界として指定されたことに始まります。この時期、上海は商業港として開かれ、多くの外国勢力がこの地に拠点を築くこととなりました。特に外灘地域は、黄浦江に面していたこともあり、商業活動にとって極めて重要な場所とされました。英国租界が設立されるとともに、外国の銀行や商社が次々とこの地に進出し、外灘は短期間で金融の中心地として発展しました。そのため、外灘は「東洋のウォール街」とも称され、上海全体の経済発展を牽引する役割を果たしました。
外灘の発展は、19世紀から20世紀にかけて続きました。この時期、多くの西洋の金融機関がこの地域に拠点を構え、銀行や商社のビルが次々に建設されました。これにより、外灘は国際的な金融都市としての上海の象徴的な場所となり、外灘の金融機関の集積は、国内外からの商業活動を引き寄せました。この時代の外灘は、経済的にも文化的にも上海の発展に大きく貢献していました。
しかし、1943年に汪精衛政権により外灘は返還され、それまでの租界時代が終焉を迎えました。これに伴い、外灘の道路名も「中山東一路」に改められました。租界返還後も、外灘は上海の中心地としての役割を保持し続けましたが、第二次世界大戦後の政治的変化により、外灘の金融機関は一時的にその活動を停止することとなりました。
1949年の新中国成立後、外灘は再び注目を集めましたが、1970年代後半までに大きな変化が見られたのは、改革開放政策の時期に入ってからです。この時期、外灘は再び金融の中心地として復興を遂げ、多くの外資系銀行や金融機関が外灘に戻り始めました。このような動きは、上海が再び国際的な金融都市としての地位を回復するための重要なステップとなりました。
現在の外灘は、過去の租界時代の名残を感じさせる建物や風景を残しつつ、現代的な都市開発も進んでいます。歴史的な建築物が保護されている一方で、交通インフラの整備や新しいビジネスの進出が行われており、外灘は歴史と現代が共存するエリアとして発展を続けています。外灘は上海の歴史的な発展を象徴する場所であり、租界時代から続く金融中心地としての役割を持ちながら、現代においても重要な位置を占めています。
地理的環境と気候
外灘は上海市の中央部、黄浦区に位置し、黄浦江の東側に広がっています。地理的には、外灘は上海の中心にあり、対岸の陸家嘴エリアと向かい合う場所です。この位置は、外灘を観光やビジネスの中心地とする大きな要因の一つとなっています。黄浦江沿いのロケーションにより、外灘は上海の歴史的発展において重要な役割を果たしてきました。
外灘の気候は、亜熱帯モンスーン気候に属しています。この気候は、年間を通じて温暖で湿潤な環境をもたらし、上海全体に影響を与えています。特に5月から9月にかけて降水量が多く、この期間に年間降水量の約60%以上が集中します。このため、外灘を訪れる際には、夏の季節に雨具が必要になることが多いです。気温は比較的温暖で、冬でも極端な寒さは見られません。無霜期間が長いのも特徴で、年間を通じて快適な気候が続くため、観光にも適しています。
この気候条件は、外灘の観光においても有利に働いており、年間を通じて多くの観光客が訪れる要因となっています。温暖な気候と湿潤な環境は、黄浦江沿いを歩く観光客にとって心地よい体験を提供し、特に春や秋の季節は観光に最適な時期とされています。また、外灘の夜景を楽しむ観光客にとっても、この穏やかな気候は好まれる条件となっています。
現代の外灘と再開発の取り組み
近年、上海市政府は外灘の再開発に力を入れ、交通インフラの整備や観光資源の強化を進めています。特に2010年に開通した外灘の地下自動車通路は、交通の利便性を大幅に向上させました。この通路は全長3.7キロメートルにわたり、黄浦区の東門路から虹口区の東長治路までを結んでいます。この地下通路の開通により、車両の通行がスムーズになり、地上の交通渋滞が緩和されました。外灘周辺の道路事情が改善され、訪れる観光客にとってもアクセスがより快適になりました。
また、外灘の建物群に対する再編も進行しています。外灘には、黄浦江に面した「第一立面」と、さらにその背後に位置する「第二立面」という二つの建物群があります。これらの建物群の機能再編が行われ、歴史的な景観を保ちながらも、現代の観光客やビジネスニーズに応えるための改修が施されています。特に、第一立面の臨江建築群は、黄浦江に沿って並び、外灘の象徴的な建物群です。観光や商業施設としての利用が進められており、建物の保存と活用がバランスよく行われています。
再開発によって、外灘は歴史的な価値を維持しつつ、現代の需要にも対応する観光地へと変化しています。観光客にとっては、外灘の歴史的建築を楽しみながら、交通インフラの整備によって快適に移動できるようになりました。上海市政府は、こうした取り組みを通じて、外灘をさらに魅力的な観光地として発展させています。
外灘の栄誉と評価
外灘は、その長い歴史と文化的価値、美しい景観から、数々の栄誉を受けてきました。1995年には「90年代上海十大新景観」の一つに選ばれ、その歴史的建築群や黄浦江沿いの風景が高く評価されました。これにより、外灘は上海の重要な観光地として広く知られるようになりました。この選出は、外灘がただの歴史的場所にとどまらず、都市の魅力を体現する象徴的なエリアであることを示しています。
さらに、2015年には外灘は「中国歴史文化街区」として正式に認定されました。この認定は、外灘が中国の近代史や建築史において重要な位置を占めることを証明しています。外灘の建築群は、その歴史的背景を反映しつつも、保存と再利用が進められており、現在も現役の商業施設や観光スポットとして機能しています。この歴史文化街区としての認定は、外灘が国の重要な文化資産であることを裏付けるものです。
2021年には、外灘はさらに「国家級夜間文化観光消費集積区」に指定されました。この指定は、外灘が昼間の観光地としてだけでなく、夜間も観光客にとって魅力的な場所であることを評価したものです。外灘は夜になると、建物がライトアップされ、美しい夜景が広がります。観光客は黄浦江沿いを散策しながら、対岸の陸家嘴の夜景とともに外灘の建物群の照明を楽しむことができます。こうした夜の景観が、観光客や地元の人々にとって人気のあるナイトライフスポットとなり、この地域の活性化にもつながっています。
これらの栄誉は、外灘が歴史的・文化的価値を持つだけでなく、現代においても多くの人々に愛され続けている場所であることを示しています。外灘は、上海のランドマークとして、国内外の観光客にとって必訪のスポットであり、都市の発展とともにその価値を高めています。